プロダクション:構図とペインティング


Illustration from KIN – Mycocene
Illustration from KIN – Mycocene

この連載ではこれまで、『KIN―マイコシーン』という作品を作り上げる過程を、順を追ってご紹介してきました。どうしてアートブックで表現しようとしたのか、その世界観がバイオパンクである理由はなぜか。どんな世界観が描かれどんな物語が語られるべきなのか。

そして環境キャラクタープロップをどのようにデザインしたのかなどです。ここからは、ジャングルクロウ・スタジオが、この本のイラストレーションを実際に制作してきた工程をご紹介します




構図


優れたイラストというものは、総じて構図が磨きこまれています。物語を語るために必要な情報が欠けることなく描かれ、しかも見る人に伝わりやすい構成となっているのです


私たちはプリプロダクションを進める過程で豊富な3Dアセットを制作していました。そのアセットを活かし、構図やレイアウトなどイラストの基本部分を3Dで進めたほうが早いと考えたのです。VR造形ツールである「Adobe Medium」(1) や「Gravity Sketch」(2)(いずれもオールインワンのVRデバイスである「Oculus」で動作するツールです)、それに「Blender」(3) といったツールを、描きたいものや既存のアセットに合わせて使い分けました。


物語のプロットから描き出すシーンを選んで絵コンテを作り、大まかに3Dで再現。その過程で人や小道具、背景などの配置レイアウトやスケール感を、他の手法よりも比較的自然に精査することができました


この作業は、行ったり来たりのキャッチボールではなく、しばしば共同作業で取り組みました。日本とヨーロッパをリモートでつないで画面を共有し、クリエイターが作業しながら、他のチームのメンバーがリアルタイムでコメントやフィードバックを返していくという、文字通りの共同作業です。


以前にも触れましたが、VR造形ツール「Medium」は有機的な形状のモデリングに優れたツールです。対して「Gravity Sketch」は、同じVR造形ツールではありますが人工的、直線的なモデルに適しています。



構図 制作工程1:「Medium」上の作業



これは屋外を歩く遠征隊の描いたシーンです。荒れ果てた一面は謎のキノコや菌類に覆われ、その中に埋もれるようにとうの昔に廃棄された車輛が転がっています。



作業は、ピエール・ラザレヴィクが「Medium」で岩を造形していくところから始まります。



「Medium」の移動ツールは、実際にその世界に入り込んだかのようにカメラの視点を動かすことができます。見たい角度や構図でモデルを見ながら造形できるため、形状を曲げることもたやすく、より自然で有機的な曲線を仕上げることができました。



「Medium」」のスタンプ機能は、あらかじめモデルとして用意された粘土のようなものです。私たちは様々な形状のスタンプを使って、VR空間のなかで道路を敷き詰めていきました。そこにヒビや割れを加え、長年の風雪による劣化を表現し、風景を「熟成」させました。



VR空間内には、作業中のモデルだけではなく絵コンテのスケッチも置くことができます。モデリングしながらすぐにスケッチを参照することができます。



「Medium」に最初から付属しているライブラリから、ふさわしいと思える要素を見つけ、シーンに配置していきます。



例えばこの街灯のようにライブラリに収録されていないものは、「Medium」内でモデルを起こし、シーンの中に配置していきました。



『KIN』ユニバースらしいキノコの形状を描くため、オリジナルの造形スタンプも作成しました。



後から全体のサイズ感を調整するときの目安になるよう数人の人物スタンプを配置し、このシーンにおける「Medium」の工程は終了です!



構図 制作工程2:「Gravity Sketch」上の作業



このシーンは、テントの中にいる遠征隊を描いています。あたかも自分がテーブルに向って腰かけているかのように、カメラの目線の高さをあわせています。カメラからはテント内部を一望できるため、そこかしこで思い思いに活動している遠征隊の様子が映し出されています。



まずは絵コンテにそって全体の位置関係を整理すべく、シンプルなモデルを配置して、遠征隊の機材ボックスやテーブルなどのレイアウトを組んでいきます。



次に「Gravity Sketch」上でマネキンを置き、ポーズを取らせていきます。



人物のマネキンを配置した後、テントそのものの作りこみへと進んでいきます。ピンと張られた天幕(フライシート)は浮かぶバルーンによって下から支えられており、これは球体モデルを用いて追加しました。バルーンの中には藻類が詰め込まれ、藻が呼吸で排出する軽気ガスによって宙に浮いて天幕を持ち上げる構造材の役目を果たすほか、光を放ちテント内の照明を兼ねています。



VR空間の中で、カメラをテントの中に潜り込ませ、より近くで見ながらマネキンの演じるキャラクターのポーズを調整していきます。



主人公の一人であるレイン、彼自身の視点から世界を見ることができるのはVRツールの大きなメリットです。それによって指の一本一本まで細かくディテールを落とし込んでいくことができました。



VRツールを使うメリットは他にもあります。これは地面を這うケーブルや、遠征隊の隊員たち、様々な小道具など、3Dアセットを加えているところですが、配置したアセットを動かしたり、追加したり削除したりなど、手を加えた結果をすぐにVRツールのカメラでプレビューすることができるのです。



構図 制作工程3:「Blender」上の作業



「Medium」で制作した先ほどの屋外のシーンですが、そのデータを「Blender」に取り込み、構図の調整に取り掛かります。



「Medium」上で仮置きしていたキャラクターを、より精細なものに差し替えていきます。これはプリプロダクションの時に用意したもので、まだまだざっくりとしたものではありますが、仮置きのものよりも細かい部分まで作りこまれています。モブはキャラクター造形に優れる「Daz3D」(4) 上で作成しています。



ほとんどの場合、一般的な素体を使えば2D工程で不足はありません。しかし、主人公などデザインが練りこまれた重要人物や、ミラー・ドッグのような特殊なキャラクターについては、専用のモデルを使ったほうがその後のクオリティが高くなるでしょう。



キャラクターや小道具などを配置し終えた後、カメラの位置やレンズのパラメータ、ライティングなどを調整し、最終的な構図を決めていきます。



レンダリングを終えたこの素材を見ると、絵コンテとの違いがよくわかります。イラストのモチーフや、環境、背景といった大枠はそのままに、レインがキノコのサンプルを採取している姿や、エルがドローンを飛ばして周囲を偵察している様子など、ストーリーを語る情報が描き加えられています。時間の制約もあり、2Dツールだけではここまでのトライ&エラーはできなかったでしょう。3Dツールを活用して無駄を省き、効率的に制作したからこそ、より高いクオリティを目指して議論や調整を重ね、納得のいくところまで創りこむことができたのです。




ペインティング


冷たく無機的な灰色の3Dキャラクターが、ペインティングによって鮮やかに生まれ変わります。優れたイラストには、何が描かれていて、それが伝わりやすいかどうかが重要だと最初にお話ししました。それに加えて物語に必要な三つ目のポイントである感情が、ペインティングによって描きこまれるのです


クラウス・ピヨンが手掛けた『KIN―マイコシーン』のペインティングの工程を、実際の素材をもとにご紹介していきましょう。次の画像は、日本を縦断しようとする旅の途中で、折りたたみ式の小型ボートに荷物を積み込む遠征隊の様子です。彼らはこれから行く手を遮る湾を渡ろうとしており、そこには海に没してしまった高速道のインターチェンジの姿が見えます。